パネルディスカッション
講座の後半では、新村さん、加藤さん、日尾野さんをパネリスト、大谷がファシリテーターとして、パネルディスカッションを行いました。
パネルディスカッションは【みなさんは、普段どの卵買っていますか?】という、会場からの質問から始まりました。
「会場にママ友がいらっしゃるので、ケージフリー…と見栄を張りたいところですが、子供がいる普通の家庭なので、バタリーケージシステムでつくられた卵です」と加藤さん。「あまり参考にならないのですが、自分たちの研究室で飼育しているニワトリの卵を持って帰っています」と新村さん。そして「正直、妻が買ってくれている卵が何かは知らないのですが、自分が買うときは“普通”の卵なので、バタリーケージシステム由来だと思う」と日尾野さんは話します。大谷は「自由気ままな一人暮らしで、卵を食べる機会も多くないので、なるべく平飼いやエイビアリーを買うようにしている」と答えました。
「ケーキなど、卵を使った製品についてはどうですか?」という質問に対し、新村さんは「なるべくいろいろなシステムのものを買うようにしているが、子育て世代で食べ盛りの子供がいるので、価格は大事。卵を買う場合も、平飼いでつくられた卵がバタリーケージの2倍の価格となると、妻とも相談してやっぱり難しいね、となる」と話してくれました。「お菓子などの加工品や、お肉などの他の畜産物は、動物福祉への配慮という尺度ではあまり選択肢がないのが現状」と課題もあがりました。
これについて、「動物福祉に関する研究や仕事に従事している人たちでも、自身の生活の中で購入する卵はさまざまであることが印象的だった」と、アンケートで答えてくれた来場者もいました。「たとえば、学生さんにアニマルウェルフェアについて講義をすると『これからケージフリーしか買いません』という素直な反応が返ってくることがある。母という立場から見ると、卵は大事なタンパク源なので無理してほしくない」と加藤さんは言い、「経済的な余裕ができたときや、生き方のひとつとして表現したい場合に選択する、ということが大事だと思う。動物福祉の研究者とて、バタリーケージ由来の卵を買っているということが分かったので、みなさんも安心して買ってほしい」とユーモアを交えながら話してくれました。
「ライフステージやそのときの状況・価値観で、ゆるやかに選択すれば良い。そしてその選択肢が社会にあることが大事で、卵はその選択肢が増えてきているのが素敵だと思う」と、最初のディスカッションは締めくくられました。
つづいて、会場からの質問でも多かった【海外との比較】と【日本での課題】について聞きました。日本での課題について、新村さんは「いくつかある中で一番の課題だと考えているのが、たとえば消費者がなぜ平飼い卵が高いのかを知らない。これは私たちの努力不足でもある。結果、生産者がもっと頑張るべき、といったひずみが生じている」と言い、「生産や流通について消費者が知って、目指すところにちょっとずつ動かしていく仕組みが大事だと思う」と話します。加藤さんからは、農業者福祉という視点からの示唆がありました。「農業従事者が減っているし、高齢化している。システマチックで、効率的なバタリーケージシステムだからこそ、少ない人員で必要な量の卵を供給できた。アニマルウェルフェアへの配慮を目指す場合、人員の確保や農業者の負担は大きな課題」と語ります。その上で、日尾野さんは「日本は農業ができる土地が狭く、集約的に生産しないと卵の供給が追い付かないのは事実。動物福祉に配慮することで卵自体の価値が上がり、お金がある人しか買えない食べ物になるのはちがうと思う」と話してくれました。
ここで、ヨーロッパとの比較という視点から考えます。「ヨーロッパでは2012年にバタリーケージシステムは完全廃止になったが、何が推進力になったのか?」という問いに対し、加藤さんは「ヨーロッパでは、アニマルウェルフェアに対する理解が高く、消費者がそういう製品を選んで買うという社会の素地がある。ニーズに対し、供給が進んだ」と話します。さらに、国による農家への補助についても触れ、「ヨーロッパではアニマルウェルフェアに配慮する施設にすることで、農家さんに国から補助金が入る」と紹介しました。一方、日本では「たとえば、ニワトリの数を100羽から1,000羽にするための施設を建てるとなると国から補助金が出る。しかし、アニマルウェルフェアに配慮した施設を建てるとして、飼養数が1,000羽から300羽になる場合、補助金がでない」という日本の現状を話します。
日本において、畜産に関することは一般に農林水産省が取りまとめています。農林水産省とのやり取りも多い新村さんに、日本の現在地を話してもらいました。「家畜動物の福祉に関しては国際的な基準(国際獣疫事務局が出している陸生動物衛生規約、通称WOAHコード)がある。2023年、農林水産省はその内容について、法的拘束力を持たないガイドラインとして発出した。ヨーロッパと異なり、動物福祉に則った飼養について明確に規定する法律がない日本では、ガイドラインくらいの取り決めが現状に即していると考えている。ガイドラインが出されたことで、現場での動物福祉への意識が高まったと感じるし、消費者との対話がはじまったところ」と新村さんは言い、「ニーズが増えれば、今後、法律の整備や補助金につながる可能性があると思っている」と、日本のこれからを展望しました。
法律、ガイドラインに関連し、日尾野さんのお話に出てきた「家畜伝染病予防法」について続きます。家畜動物の福祉について、法的拘束力を伴う具体的な取り扱いを規定している法律はない一方、家畜伝染病予防法では、感染症発生時の動物の取り扱いについて、非常に強い制限を取り決めているのが印象的です。その理由について、日尾野さんは「この法律は防疫という観点で重要。感染症が発生している国からの輸入を制限し、日本に病気を持ち込まないようにする、そしてその逆として、日本から畜産物を海外へ輸出するときに安全性を保証する」と説明します。「規定されている病気は感染性が強いというのもあるが、どちらかというと、信頼した国際関係を築くことで日本の畜産を守る、という役割も大きい」と話す日尾野さん。なお、鳥インフルエンザの人へのリスクについて、日尾野さんは「これまで、日本で鳥インフルエンザに感染した人はいない。それは日本の衛生基準がしっかりしていて、従事者がすごい頑張っているから」と話します。
一方で、人に感染をしなかったとしても、たとえば殺処分にかかわる従事者、そして農家さんにとって、鳥インフルエンザは甚大な影響を与えます。家畜伝染病予防法では、鳥インフルエンザが発生した農場から3km圏内で飼養されるニワトリの移動および卵の出荷を禁止するなど、近隣農家への制限も規定します。「聞き取りできた件数は多くないが、農家さんの中には、自分の農場で鳥インフルエンザを発生させたことで自責の念にかられる人もいる」と加藤さんは話し、「社会的なプレッシャーもある中、農家さんは感染症を起こさないように、そして安全な食を私たちに供給しようと、いろいろな努力をされていることを、みなさんには理解してほしい」と、思いを述べてくれました。
ここで、英国の畜産風景が紹介されました。人が散歩できる草地に牛や羊が放牧されていたり、街からそう遠くない場所で家畜動物のショーが行われ、多くの市民が家畜動物を見たり、触れたりしていました。これを踏まえ、【日本でもこのような“開かれた畜産”は必要か、そして可能か】という質問がパネリストに投げかけられました。
まず新村さんは「あった方が良いとは思う。ヨーロッパの消費者アンケートを見ると、6割の人が家畜がどのように飼われているか知っている。その一つの要因として、家畜動物が身近で、その動物に対して、自分たちの購買がどう影響するかへの意識があると感じる」と話します。
一方、畜産を開く場合、最も問題になるのが感染症です。日尾野さんは、「動物にかかわる仕事をしている人間として、開かれた畜産は理想ではある。しかし、感染症の発生という観点からみると、行政がそれを推進できるかと聞かれると難しい」と言います。「たとえば観光農場のようなかたちで、家畜動物を身近に感じる目的のために農場を開くのは良いが、生産を目的とした一般の農場を開くのは、かなり難しいと思う」と語ってくれました。
農家さんの目線も鑑みた意見として、加藤さんは「開けるか、開きたいかは、畜種によってちがう。牛の場合は比較的オープンであるが、ニワトリと豚に関しては、農家さんにとっても、財産を守るという意味で人が来ない方が良い」と話します。一方で、「畜産が見えないことによる、恐怖心やあらぬイメージが膨らむのは悔しい」と言い、「畜産は、動物の糞尿処理なども含む。そういう部分もひっくるめ、産業としての正しい理解ができる場所があると良い。それは、農家さんにとっても自分たちのやっていることへの理解であり、望まれていることだと思う」と話してくれました。
最後に、【日本におけるこれからの動物福祉】について、演者の展望を聞きました。
新村さんは「需要と供給のバランスを取りながら進むのが良い」と言います。「現況でバタリーケージシステムが9割以上というのは、それで需要と供給のバランスが取れているということ。平飼い卵は売れづらく、実際に生産者に負担が掛かっているのが現状。たとえば平飼いシステム由来の卵のニーズが増えれば、供給側も徐々に変わっていくと思う」とこれからを見据え、「大きな変化で動かそうとすると、畜産自体が成り立たなくなってしまい、動物にも人にも良くない。ヨーロッパのようなドラスティックな変化というより、対話しながらちょっとずつ進んでいくのが日本のかたちとして良いのではないか」と思いを話してくれました。
加藤さんは「アニマルウェルフェアに配慮するのは大事なことで、少しずつ配慮は進めていくのが良いとは思う。でも、そのためには、さまざまな課題があるということを理解しながら、消費者が農家さんにとって良いものを選択していってほしい」と、メッセージを述べてくれました。
最後に、日尾野さんは「動物に対する死生観など、西洋と日本ではちがう部分も多い。それを踏まえて、どこでバランスをとるか、日本の中で対話をしながら決めていかないといけない。外から言われたからというトップダウンで決めるのではなく、みなさんとの対話を通じ、このへんでバランスが取れるというのを探って決めていくのが良いと思う」と伝えました。
おわりに
講座のおわり、来場者に向けて「答えが出ずにもやもやして帰る人も多いと思う。それが現状」と話しました。卵は、ほかの畜産物に先駆けて、動物福祉に関する議論や社会実装が進んでいる領域です。生卵だけでなく、マヨネーズなどの加工品でも選択肢が増えてきました。今回、さまざまな角度から“卵”をみることで、自分が何を大事にしたいのか、じっくり考えること、そして購買というかたちでそれを表現することの意義を強く感じました。動物の自由を願うか、農家さんを応援したいか、環境へ配慮したいか、思いも価値観も、個人、文化、国によってさまざまです。「買いものは投票だ」とも言われるように、私たちの購買によって変えることのできる社会である、と信じます。ただ、大事にしたいことは柔軟であって良く、好みやライフステージなど、さまざまな状況によってゆるやかに変化するのが自然なのだと思っています。そんな思いも込めて、「これも一種の推し活だ!」をこの市民公開講座のテイクホームメッセージとしました。
一方、今回の講座でたびたび言及されたのは、「ニワトリがどのように飼養されているか、その生産や流通、そして農家さんの努力が社会にうまく伝わっていない」ということ。これは、“受け手”の問題でもありますが、大いに“伝え手”の問題であることを改めて突き付けられた気がしました。動物に対する考え方・哲学は多様で、ときに感情的な議論も起こります。それでも今回の講座では、「対話によって、バランスが取れるところを決めていく」ことが、いまの“進むべき道”として導き出されました。対話に必要なのは「知ること」。そのために「伝えること」。私たちの知識や経験、そして思いが、動物の未来を変える一歩となるよう願い、ここに記します。
演者の紹介
新村 毅(東京農工大学 農学部)
専門:動物行動学、動物福祉学
好きな動物:カメ
どうして今の道に?:ドリトル先生になりたかったから
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加藤 博美(農研機構 畜産研究部門)
専門:家畜管理学、農業者福祉学
好きな動物:ねこ
どうして今の道に?:食べることが好きだから
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日尾野 隆大(北海道大学 One Healthリサーチセンター)
専門:ウイルス学、微生物学、細胞生物学
好きな動物:鳥全般
どうして今の道に?:面白そうな道を選んでいたら、こうなっていた
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大谷 祐紀(北海道大学 One Healthリサーチセンター)
専門:獣医解剖・組織学、動物福祉学、サイエンスコミュニケーション
好きな動物:ねこ、ぶた、うし
どうして今の道に?:どうぶつ奇想天外!に感化されて
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グラフィックレコーディング・イラスト:TSUKIHI design 小野 遥