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- 市民公開講座「明日はどの卵を買おうか?-ニワトリの動物福祉を多面的に考える-」レポート
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日尾野さんのお話「鳥インフルエンザと福祉」
前半最後の講演は、日尾野さんから鳥インフルエンザのお話です。冒頭、「鳥インフルエンザとニワトリの福祉という、とても難しいテーマをもらって悩みましたが、精一杯頑張ります」という意気込みから、お話は始まりました。
「まず敵を知る」ということでインフルエンザウイルスと、そのウイルスによって引き起こされる感染症について説明がありました。私たち人のインフルエンザは、上部気道(鼻~のどくらいまでの領域)にウイルスが感染し、熱や咳、鼻水といった症状を出すことが多く、致死率はあまり高くありません。一方、ニワトリが罹患する鳥インフルエンザは、全身にウイルスが感染し、チアノーゼ(血液中の酸素が少ない状態)や全身の浮腫、そして神経症状を示し、致死率がほぼ100%の強い感染性をもつ病気です。なお、ここでいう鳥インフルエンザは「高病原性鳥インフルエンザ」であり、今回の講座では他のインフルエンザとは区別することを説明しました。
鳥インフルエンザはニワトリを含む鳥の病気ですが、私たちの生活にも大きくかかわります。2022年から2023年にかけ、日本の養鶏場では鳥インフルエンザが多く発生し、約1,700万羽のニワトリが殺処分されました。結果、卵の流通数が大きく減少し、価格が高騰したことを記憶している人は少なくないと思います。卵の消費者である私たちも、当事者としてかかわっている病気であると日尾野さんは話します。
つづいて「ルールを知ろう」ということで、鳥インフルエンザにかかわる法律について解説しました。家畜動物の病気は「家畜伝染病予防法」によって、その種類や扱いが取り決められています。家畜動物の感染症を適切に予防・対処することで、畜産を守るための法律です。その中で、鳥インフルエンザは「法定伝染病」に指定され、対応しなければならない動物種(ニワトリ、アヒル、ウズラ)とともに、その取扱いは最も厳しく定められています。具体的に、ニワトリで鳥インフルエンザが発生した場合、ニワトリを迅速に殺処分することが法的拘束力をもった義務として取り決められている、と日尾野さんは説明します。また、その対象は検査で鳥インフルエンザと診断されたニワトリ(患畜)だけでなく、同じ農場で飼養されているニワトリ(疑似患畜)も含みます。「疑似患畜はウイルスに暴露され、これから発症し、感染を広げる可能性がある」と日尾野さんは説明し、「この殺処分の義務が、鳥インフルエンザの厳しく、そして経済的な損失が大きいところ」と話します。日本では1農場に平均約8万羽のニワトリが飼養されているため、一回の発生につき万単位のニワトリが殺処分されることになります。
一方、近年の鳥インフルエンザ発生の増加に伴い、2023年にニワトリの新たな管理法が提案されました。「分割管理」とよばれ、1つの農場をいくつかの区域に分けることで、農場内すべてのニワトリではなく、患畜と同じ区域で飼養されるニワトリのみを殺処分の対象とします。しかしこの管理方法では、区域それぞれに作業者や卵を洗う施設、糞尿を処理する施設が必要となり、新設や管理には多くの費用が掛かることを、日尾野さんは課題として挙げました。
ここで、鳥インフルエンザとワクチンについて話がつづきました。日尾野さんは「鳥インフルエンザからニワトリを守るために、ワクチンは日本では使わないというルールになっている」と話します。世界をみると、鳥インフルエンザのワクチンについて、ニワトリなどの家きんに接種している国もあります。しかし、ワクチンは感染ではなく発症を予防するため、ウイルスが感染し体内で増殖していても目には見えず、他の動物や作業者に感染を拡げる「見えない流行」を引き起こすリスクがあると、日尾野さんは説明します。この「見えない流行」を予防するためには、ニワトリの感染を定期的に検査することが必要となりますが、その検査のコストと殺処分のコストを比較した場合、「安く、早く、確実にウイルスを排除できる殺処分が、現在の最適解として日本では考えられている」と説明しました。「ワクチンを使うかどうかについては、いろいろな意見があるが、今回はワクチンは使わないという前提で議論を進めたい」と日尾野さんは話してくれました。
日本における鳥インフルエンザ発生の歴史を見てみます。2004年、79年ぶりにニワトリの鳥インフルエンザが発生しました。そこから2010年頃までは出たり出なかったりだったのが、最近では毎年発生するようになっています。鳥インフルエンザはもともと、日本より南の地域で発生したニワトリの感染症であり、本来は感染しない野鳥が感染し、海を渡ってウイルスを運ぶことで、日本でも稀に発生する病気でした。しかし近年、日本国内の野鳥や世界中さまざまな場所にウイルスが定着したことで、高い頻度で発生するようになったと日尾野さんは説明します。渡り鳥がウイルスを運ぶため、現在ではアジアやヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、そして南極でも鳥インフルエンザは発生しています。ただ「野鳥も被害者」と話す日尾野さん。その野鳥を捕食する猛禽類や肉食哺乳類(キツネなど)、水場を共有する水鳥、そして何らかの経路によって家畜やペットでにも感染することが分かっています。また、世界を見れば、人も鳥インフルエンザに罹った例が報告されています。
ここで、日本におけるニワトリの感染には、カラスが大きくかかわります。私たちもよく出会うカラスですが、鳥インフルエンザに感染することも少なくありません。感染した場合、全身でウイルスは増殖し、糞尿からウイルスを排出します。鶏舎の周りのカラスはニワトリの鳥インフルエンザ感染のひとつの要因と考えられており、予防対策の要は「野生動物との接触防止」であると日尾野さんは説明します。イギリスの研究では、ニワトリを「室内に“しまう(housing)”」ことで、鳥インフルエンザウイルスへの感染リスクが1/2になると報告されました。また、長靴の洗浄・消毒や、衣服の交換、鶏舎に入る人の制限、げっ歯類など野生動物の侵入の予防などの基本的な衛生対策では、その感染リスクは1/4に、さらに作業者がシャワーを浴びることや使う器具の専用性を上げることで、1/40程度まで減少できるとも報告されました。
しかし、日本での感染例(2023-2024年)を見てみると、窓のないウインドウレス鶏舎(バタリーケージシステム)での発生もありました。同時に、ニワトリが外に出られる放牧システムでの発生もあることも触れ、「日本では95%以上の農場がケージシステムでニワトリを飼養しているため、鳥インフルエンザの発生に関し、ケージシステムとケージフリーシステムで比較することが難しい」と日尾野さんは説明しました。ただし、「ウイルスの侵入をゼロにする必要はなく、ニワトリが感染しなければ良い」と話します。日尾野さんたちの研究では、ニワトリが鳥インフルエンザに感染するのに必要なウイルス量は1,000~10,000個と算出されています。鳥インフルエンザに感染したカラスは109(10億)個程度のウイルスを持っているとされますが、「適切な衛生対策により、ニワトリが暴露されるウイルスを100個程度まで減少させれば感染はしない」と言います。その衛生対策のひとつとして、ニワトリを室内に“しまう”ことは、接触するウイルスの量を減らすという点で有用であると、日尾野さんは話しました。
最後に「みんなで考えよう」というメッセージで、鳥インフルエンザに関する課題が提起されました。鳥インフルエンザは、動物にとっても、人にとっても、影響が激甚な感染症です。動物は殺処分され、農家さんは生活の糧を失い、そして私たち消費者も卵の価格というかたちで影響を受けます。しかし、世界中の野生動物にまで拡がった鳥インフルエンザをすぐになくすのは現実的ではありません。今は感染を防ぐことが重要で、「野生動物との接触を防ぐために屋内で飼養することは有用。しかし、それはケージの中で飼養することとは同義でない」と日尾野さんは話します。「鳥インフルエンザに関する議論において、ウインドウレス鶏舎のバタリーケージシステムもしくは放牧という、二項対立としての議論になりがちだと感じる。その間にはグラデーションがあり、ニワトリの行動の自由と感染症を防ぐ優れた衛生管理を両立できる折衷案もあるはず」と言い、「ただ、そういう施設が少ないのが現状。新設や改築するにはお金が掛かり、そのお金は消費者が負担することになる」と課題を提起しました。
「生涯、日光を見ることなく飼養されるのは、良い動物福祉と言えるのか」と話すと同時に、「感染症から動物を守ることは、動物福祉を守ること。屋外で放牧するものまた、良い動物福祉と言えるのか」と葛藤を述べ、日尾野さんの話は締めくくられました。
< 加藤さんのお話「卵の値段と福祉」 パネルディスカッション >