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加藤さんのお話「卵の値段と福祉」
演者はつづいて、加藤さんに移ります。加藤さんからは、飼養システムのちがいにより価格が変わる理由と、養鶏に従事する農家さんの福祉について、お話がありました。冒頭、加藤さんはアニマルウェルフェア(動物福祉と同義)について「どんな施設で飼うか」ではなく「どのように飼うか」が重要であることを強調します。たとえば正常な行動を発現できる環境で飼養されていても、水や餌が十分に与えられていなければ、その動物のウェルフェアは低下することになると説明しました。
まず加藤さんは、世界で卵がどのくらい生産・消費されているか、地域や国で比較しました。とりわけアジアにおいて卵の生産量は多く、全世界の生産量の半分以上をアジアが占めています。なかでも、日本は中国、インドに次いで3番目の量の卵を生産しています。実際に、日本では1人当たり年間340個の卵が消費され、消費量は世界で2番目であり、卵は私たちにとって身近で欠かせない食べ物であることが統計からも分かります。また、卵は「物価の優等生」と呼ばれ、牛肉、豚肉、鶏肉と比較しても、タンパク質重量あたりの価格は安価で安定してきたのが特徴です。ここで加藤さんは「これは生産者の多大な努力によって成し得たものであり、バタリーケージは卵の価格、食品の衛生、労働生産性の向上に大きな役割を果たしてきた」と消費者である私たちにメッセージを伝えました。
ここから、卵の値段について話が進みます。加藤さんは、日本においてそれぞれの飼養システムで卵を生産した場合、その卵の価格がどう変化するかを調べてきました(加藤ら、Poultry Science 2022)。結果、卵10個の小売価格として、バタリーケージは約250円、エンリッチドケージは約280円、エイビアリーは約370円、平飼いは約490円となることが分かりました。この価格のちがいを作る「餌(飼料)」「食卓卵率」「大雛のトレーニング」そして「必要な鶏舎と土地」について、加藤さんからのお話が続きます。
まず、「ニワトリの餌(飼料)」は、卵の価格を変化させる重要な要素です。スペースが広くなることに伴い、運動量が増える平飼いなどでは、ニワトリが食べる餌の量も多く必要になります。ニワトリを飼養するときに掛かるコストのうち60%は飼料代であり、1羽が少し多い量の餌を食べるだけで、生産コストは大きく増大します。つまり、ニワトリがたくさん運動すれば、その分たくさん食べ、そしてその分、生産コストが上昇するため、ケージシステムに比べて、ケージフリーシステムでは卵の価格が高くなることを説明しました。
つづいて、「食卓卵率」について。食卓卵とは、いわゆるパックで販売されている卵のことで、卵が汚れていたり、殻に傷がついていると規格外卵となり、食卓卵として販売することができません。バタリーケージを使った飼養システムでも約10%の卵は規格外卵となりますが、ニワトリがより自由に動けるエイビアリーや平飼いシステムでは、その割合が数%上昇します。加えて、エイビアリーや平飼いシステムでは、ニワトリが卵を産む場所(ネスト、巣箱)に自分で移動し産卵しますが、数%の卵はネスト以外の場所で産卵されます(巣外卵)。巣外卵は食品衛生の観点から廃棄されたり、卵液として食卓卵よりも安価で取引されるため、その数が多いほど経済性は低くなり、食卓卵の価格が上昇します。
また、加藤さんは「ニワトリのトレーニング」について解説してくれました。高いところに止まりたい欲求を持っているニワトリですが、いきなり高い場所にのぼれるわけではありません。ニワトリも羽を動かして飛んだり、少し高い場所に跳ねて乗ったりする練習が必要で、そのトレーニングを受けずにエイビアリーシステムなどに入った場合、ニワトリがネストに移動できなかったり、怪我や恐怖に繋がることがあります。そのトレーニングを受けた大雛(もうすぐ卵を産むことができる状態のニワトリ)は、トレーニングを受けない大雛に比べて推計約1.5倍の価格で取引されるため、そのニワトリが産む卵の価格が高くなります。また、年を取って卵を産むことのなくなったニワトリは、食用として出荷されることになります(廃鶏)。その際、一羽ずつ手作業で捕獲するため、ケージの中にいるニワトリに比べ、広いスペースにいるニワトリを捕まえる労力が必要であり、廃鶏にかかるコストの上昇もまた、卵の価格に影響することを説明しました。
次に、同じ数のニワトリを飼養するときに必要な鶏舎と土地面積についてです。11万羽のニワトリを飼養する場合、バタリーケージ、エンリッチドケージそしてエイビアリーシステムが必要とする鶏舎の数は変わりません。しかし、すべてのニワトリを平飼いで飼養すると、その16倍の数の鶏舎が必要となり、建築費もバタリーケージの5倍掛かるという結果が算出されました。
ヨーロッパではニワトリ1羽に必要な飼養面積が決められています。エンリッチドケージでは750cm2、エイビアリーと平飼いでは1,111cm2と、ケージに比べて平飼いでは約1.5倍広い面積のスペースがニワトリに与えられます(バタリーケージシステムは2012年に禁止されているため記載なし)。一方、農場全体を考えた場合、施設の中には、卵を洗う施設や糞尿を処理する施設、近隣とのバッファーとなる土地が必要です。それらを加味した日本における1羽あたりの必要面積について、バタリーケージでは1,133cm2、エンリッチドケージでは1,235cm2、エイビアリーでは1,353cm2、そして平飼いは5,987cm2と加藤さんたちは算出し、システムによって必要な土地の面積が大きく異なることを紹介しました。「ヨーロッパは農業に使える土地が多く、平飼いなどの普及に繋がるが、山の多い日本で同じ農場面積を確保することは困難ではないか」と加藤さんは話してくれました。
ここから話の中心は農業従事者に移ります。持続的な農業には動物や土壌の健康だけでなく、農業に従事する人々(生産者・農業者)の福祉の向上が重要だと話します。農業者福祉とは「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」と加藤さんは定義し、「健康で満たされた農業者が健康な畜産物を作り、それが消費者に届く農業は持続的で、これからのかたち」だと話します。
農業者福祉の視点から各飼養システムを見てみます。日本で11万羽のニワトリを飼養する場合、その管理に必要な1日あたりの人数は、バタリーケージが3.1人、エンリッチドケージが2.8人、エイビアリーが7.4人、そして平飼いでは16人だと、加藤さんたちの研究では算出しました。さらに、1日あたりの必要な労働時間(一人あたり)は、バタリーケージが1.4時間、エンリッチドケージが2.0時間、エイビアリーが1.6時間、そして平飼いでは3.4時間という結果でした。すなわち、ケージとケージフリーシステムを比較した場合、ケージフリーでは農業者の人数も労働時間も、多く必要になることを加藤さんは説明します。
また、鶏舎内の空気の質について考えた場合、空気中の粉塵は、ニワトリもですが、農業者の健康にも影響します。バタリーケージシステムと比較すると、エイビアリーシステムでは、木くずが与えられることやニワトリが活発に動くこと、構造が複雑なことで隅々までの清掃が難しいことから、鶏舎内のPM10や2.5など、人にもニワトリにも有害な粉塵の発生量が増加することを、アメリカの研究結果を参照しながら説明しました。
ここで加藤さんは、動物福祉の「5つの領域」の考え方を紹介しました。「5つの領域」は「5つの自由」から発展し、動物福祉を「栄養」「環境」「健康」「行動」そして「精神」の、5つの領域(視点)から評価する考え方です。その「行動」領域には、「人と動物の相互作用(Human-Animal Interaction)」が含まれることに言及し、農業者と家畜は相互に影響を与え合っており、両者が身体的・精神的に健康であることの重要性を伝えました。「動物だけでなく、同時に農業者の福祉を両立できるシステムの構築が必要」と、加藤さんはメッセージとして話してくれました。
さらに、飼養システムによる環境への影響についてお話がありました。飼料の生産や輸送、動物の飼育、消費、廃棄など、養鶏にかかわるすべてのプロセスが、どれだけ地球温暖化に寄与するかを調べたイギリスの研究が紹介され、結果、バタリーケージではその係数が2.9なのに対し、平飼いでは3.5と、バタリーケージシステムは環境負荷が低いことが示されました。その理由について、平飼いシステムでは必要な飼料量が多いこと、飼養面積が広いことを説明しました。
ここまで加藤さんはアニマルウェルフェア・動物福祉をキーワードに、卵の価格、農業者福祉、そして環境への影響について、自身の研究、そして海外での報告を踏まえながら説明しました。その上で「みなさんは明日どの卵を買いますか?」と、この講座の問いを改めて投げかけ、話を締めくくりました。