新村さんのお話「飼養システムと福祉」

 

 

 

  講座では、はじめに新村さんが、それぞれの飼養システムがニワトリの福祉にどう作用するかをお話ししました。現在の採卵鶏は赤色野鶏という野生のニワトリが由来で、その家畜化は紀元前2,500年頃からはじまりました。赤色野鶏は季節性に繁殖をするため、年間10数個の卵しか産みません。現在の採卵鶏は、年間を通して計300個くらいの卵を産むため、家畜化によって卵を産む能力が大きく変化したことが分かります。同時に、家畜として飼養されるニワトリは、野性下の赤色野鶏と異なり、外敵に捕食されるリスクや寄生虫や病原体などに感染する機会はほとんどなく、生きる環境も大きく変化しました。ここで新村さんは「一部の生理的機能や住む環境が大きく変わっても、現在の採卵鶏には赤色野鶏から変わらない行動があることが面白い」と話します。たとえば、餌を探したり、環境を探索する「探査行動」、卵を産む前に安全な場所を探し、草や枝などで巣をつくる「産卵前行動」、寝ている間に捕食されないように、高い場所にのぼって木などにつかまる「止まり木止まり行動」が例に挙げられます。このような本能的な行動は、ニワトリの中で遺伝的に維持されていることが説明されました。

 

 つづいて新村さんは、母ニワトリとヒヨコのコミュニケーションに着目した研究を紹介しました。母ニワトリはfood-callと呼ばれるコッコッという音声で、ヒヨコとのコミュニケーションをしています。さらにヒヨコの声を機械で解析すると、ヒヨコにはストレスを感じているときに出す音声(distress-call:悲しみのピヨ)と、喜びを感じているときに出す音声(pleasure-call:喜びのピヨ)に分けることができました。母ニワトリとヒヨコの音声のかけあいを解析すると、ヒヨコが悲しみのピヨを発したときに母ニワトリはコッコッと鳴き、その音声を受け取ったヒヨコの声は悲しみから喜びのピヨに転じることが分かりました。この結果から、ニワトリは音声を用いて喜びや悲しみといった感情を他者に伝えること、そしてその受け手は感情に対して共感・呼応することが示されました。このような感情・情動の伝染や共感といった高度な知能を持つニワトリに対し、「殺してしまう、食べてしまうから配慮はいらない、と言って本当にいいのか?」と新村さんは投げかけます。

 

 ここで、ニワトリの行動パターンは全部で約80種あることが紹介されます。しかし、これら行動の中には、限られた環境や資源による個体間での闘争など、動物の福祉にとって負の影響をもたらすものも含まれ、必ずしもすべての行動を発現すること(行動の完全性)がニワトリの福祉にとって重要ではないことが説明されました。そこで、動物行動学・動物心理学では「動物に強く動機づけされている(動物がすごくしたいと思う)行動」を調べる研究が行われてきました。例として、扉を押して開けるよう訓練されたニワトリの行動実験が紹介されます。24時間絶食した空腹状態のニワトリは、餌がある場所に向かって自分で扉を開けて移動します。そのドアの重さをだんだんと重くすると、ニワトリは「餌を食べたい度合」によって、ある重さまではドアを開けて移動するため、その重さによって「その行動をしたい度合」を定量することができます。つづいて、同じ手法を用いて、満腹状態のニワトリが「夜間にどれだけ止まり木に止まりたいか」を定量します。2つの行動を比べた結果、「ご飯を食べたい」という欲求(モチベーション)を100とした場合、「止まり木に止まりたい」欲求は75であることが分かりました。このように、安全で衛生的な環境で飼養される現在の採卵鶏にとって機能的な必要性はないにもかかわらず、止まり木止まりや、産卵前行動、砂浴びに対する行動欲求は今も色濃く残っていることが、ニワトリの行動から分かる、と新村さんは話しました。

 

 次に、それぞれの飼養システムについて、5つの自由の視点からどのように考えるか、話が続きます。まず「飢え・渇きからの自由」について、いずれのシステムも常に水や餌が与えられるため、システム間でのちがいは大きくありません。次に「不快からの自由」について、空気の質を例に考えます。バタリーケージシステムは屋内の空気をコントロールでき、また糞尿はケージの外に落ちるようになっているため、空気の質について清潔に管理しやすい利点があります。一方、エンリッチドケージや平飼いシステムでは、ニワトリが砂浴び行動を発現するための木くず由来の粉塵(ふんじん)が空気中に舞うことや、排泄された糞尿によって環境中のアンモニア濃度が高くなる、といった欠点があります。

 「痛み・怪我・病気からの自由」については、どのシステムでも一定のリスクがあり、欠点となり得ると新村さんは話します。たとえばケージシステムでは、足(後肢)を使って何かを掻いたりする行動ができないため、爪が伸び、その爪がケージに引っ掛かることで感じる痛みや、羽がケージに擦れることによる怪我などが挙げられました。一方、ケージフリーシステムでは、多くのニワトリが同じ空間にいることで、ときには共食いを含むニワトリ間での闘争が問題です。また、環境が広く複雑になることは、ニワトリができる行動を多様にしますが、同時にそれにともなう怪我(高い場所から飛んで、胸の骨を折るなど)のリスクも増加します。

 つづいて「恐怖からの自由」を考えるにあたり、新村さんの経験をもとに、動画を用いて紹介しました。ヒヨコが数匹入っているケージに、人が腕を入れると、ヒヨコはその腕を避けるように角に集まって身を寄せます。これは、馴染みの少ないものに対して恐怖を感じ逃げる行動で、ケージで飼養されているニワトリで特徴的に見られ、数が多い場合は他のニワトリの下敷きになるニワトリも出てきます。もう一つの動画はエイビアリーシステムでニワトリを飼養している農家さんで撮影されたもので、ニワトリが自由に動き回れるスペースに入った新村さんの足元にニワトリが寄ってくる様子が紹介されました。「ケージで飼養されているニワトリばかり見ていた自分にとって、衝撃的だった」と新村さんは話し、エイビアリーなどのケージフリーで飼養されたニワトリは、新しい環境に対して強く(強健に)なり、恐怖を感じることが少なくなると説明してくれました。

 「正常な行動を発現する自由」に関し、バタリーケージシステムは止まり木止まりや産卵前行動など、欲求の強い行動を発現できないことを欠点として説明しました。比べて、平飼いなどのケージフリーシステムは行動を発現する自由度が最も高く、エンリッチドケージはバタリーケージとケージフリーシステムの間、と話します。ここで新村さんは「どのシステムも利点と欠点があり、完璧な飼養システムはない」ことをメッセージとして挙げてくれました。

 

 

 最後に、飼養システムによる卵価格のちがいについても触れ、「私たちは動物福祉に関心を持って取り組んでいるが、それだけでは結論が出せない。人、動物、環境を一体のものとして考え、みんなでポジティブに目指せるポイントはどこか議論したい」と、あとに続くパネルディスカッションに向け、話を締めくくりました。

 

 

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