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研究紹介「TMPRSS2非発現培養細胞を用いたウイルス増殖によるS1 /S2解列領域に変異を有するSARS-CoV-2株の発生」を更新しました


TMPRSS2非発現培養細胞を用いたウイルス増殖によるS1/S2解列領域に変異を有するSARS-CoV-2株の発生

 

重症急性呼吸器症候群-コロナウイルス-2(SARS-CoV-2)のスパイク(S)タンパク質は、宿主細胞の受容体に結合し、ウイルスの侵入を促進する。Sタンパク質の開裂部位に存在する多塩基性アミノ酸モチーフは、ウイルスの細胞指向性と伝達性を広げることが示されている。本研究では、Sタンパク質の開裂部位に変異を持つSARS-CoV-2の変異体では、Sタンパク質の解列効率が低下することを示している。S遺伝子に変異を持つウイルス株は、野生型株と比較して、より小さなプラークを形成し、より限定された培養細胞へのみ感染性を示した。これらの変化は、宿主のII型膜貫通型セリンプロテアーゼであるTMPRSS2による直接融合を伴う侵入経路を利用できないことに起因することが示された。特にVero細胞を含むTMPRSS2非発現細胞を用いてウイルスを増殖した場合、短期間でS遺伝子に変異を有する株が出現し、主要なウイルス株となった。今回の研究では、Sタンパク質の多塩基性開裂モチーフが、SARS-CoV-2の細胞侵入に重要な役割を果たしていることが明らかになった。そのため、研究者は組織培養で増殖したウイルス株にはS遺伝子の開裂部位に変異が生じる可能性に注意を払う必要がある。

 

 

A:Sタンパク質は翻訳後にS1及びS2に開裂される。

B:Vero細胞におけるウイルス培養において得られた変異株(del1、del2、del3、R685H)と野生型株(WT)のSタンパク開裂部位周辺のアミノ酸配列の比較。

C:上記変異株と野生型株のTMPRSS2発現細胞におけるプラック形成能(培養細胞におけるウイルスの増えやすさ)の比較。

D:野生型株ではSタンパク質が開裂しているが、変異株ではSタンパク質が開裂していない。

 

【著者からの一言】

感染性ウイルスの複製・増殖には宿主となる動物あるいは培養細胞が必要となります。PCR法をはじめとした遺伝子検出法では感染性ウイルスを得ることはできず、培養細胞を用いてウイルスを増殖させる手法(ウイルスストック作製)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を含むウイルスを対象とした基礎研究に不可欠です。本研究ではTMPRSS2発現量が少ない培養細胞(Vero細胞)を用いてSARS-CoV-2を増殖させた場合、Sタンパク質の開裂部位に直ちに変異が生じウイルスの性状が変化することを示し、SARS-CoV-2のウイルスストック作製にはTMPRSS2高発現である培養細胞の使用が適当であることを明らかにしました。ウイルスストック作製における、本変異ウイルスの意図しない混入は、基礎研究や抗ウイルス薬開発において注意が必要です。本研究は、SARS-CoV-2の基礎研究、製剤開発に携わる人々へ重要な情報を提供します。

 

2021年12月6日

北海道大学 人獣共通感染症国際共同研究所

分子病態・診断部門 講師 佐々木 道仁

 

 

引用論文情報:SARS-CoV-2 variants with mutations at the S1/S2 cleavage site are
       generated in vitro during propagation in TMPRSS2-deficient cells
       PLOS Pathogens, 17(1), e1009233 - January 2021
       DOI:10.1371/journal.ppat.1009233